サリーのほら穴

いちマカロッカーがひとりごとを綴るブログ

私の「好き」

自分の好きなものをどう好きなのか、どういうところが好きなのか、説明できる状態でいたい。

誰かに対して説明するというよりも、自分で自分の感覚を分かっていたいという感じ。

 

例えば「このバンドが好きなんです」っていう会話をしたとき。「どういうところが好きなんですか?どう好きなんですか?」って聞かれたときに「うーん…なんか、何となく好きなんですよね…」って言っちゃうことがあって、でも言った後に凄くモヤモヤが残ってしまう。

うまく相手に伝えられないもどかしさもあるけど、その前に「お前は自分の感覚を自分で分かってないのか?それってどうなんだ?」ていう脳内の声が聞こえてくるようで(めんどくさい)

 

一言で「好き」ということは別に悪いことじゃなくて、その一言に全てが込められてるなら自分で納得できるんだけど、「あーなんか好きなんですよねぇ」ってなぁなぁにやり過ごしてしまったときは自分の中の何かを放棄してしまったような感じがして(めんどくさい)

 

「この人の声がなんかひっかかって取れない感じが好き」

「この人は優しいカッコよさ、この人は熱いカッコよさがあって好き」

とか、別に誰に説明するわけでもなくて、陳腐な語彙力でもいいから自分でわかっていたい。

(追記:↑自分で後から読んでかなり恥ずかしくなった笑)

 

今日の私のブログめんどくさいなぁ…笑